今年の芥川賞のこと |
さて「共喰い」は作者の印象であるオドオドした感じの17歳の少年が主人公である。父親の暴力を伴うセックス癖が自分にも遺伝するのではないかと悩む日々の暮らしが書かれている。それでいて食事の後の食器も洗うし、魚つりの餌も自分で調達する。登場する土着の人々が浮き足立っていない。会話の中にその人物の人となりがきちんと想像できる。深刻な話であるが、このオドオドした少年はきっと今後父親を超えて、地に足をつけて自分の生活を作り出していくのに違いないと思わせるところで終わる。少年と作者がダブって見えてしまうのも面白い。
次の円城塔の「道化師の蝶」は数ページは頑張って読む努力をしたが読み進めることを途中で断念した。もともと難解な内容であると聞いていたがやはり私は読めない部類に入ってしまった。あとで彼のインタビュー記事を読むと「僕だけでなく、エンジニアをしているような人間は今の主流の小説を読んでも楽しくない、結局は嘘じゃんとなってしまう。世の中の半分くらいはそういう人たちである。だから感動を与えるばかりが小説でない、普段の生活で考えてもみないことを考えるのも小説の力である。」と語っている。そう言えば、私の友人でドキュメンタリーは読むが小説は読まない人がいる。嘘と思うと感情移入できないらしい。聞いた時はそういう人もいると驚いたが作者のそういう人が半分いる言うことは本当なのだろう。でも感情移入が激しい私としては少し寂しい気がする。今後このような異次元の小説が広がるとも思えないが、小説の世界でも考えてもいなかったことが現れる予兆なんだろうか?