My aunt who was 88 years old passed away this October.
Next, 2 months later my uncle passed away the other day, as if he followed his wife.
He was 92 years old.
He liked reading the newspaper and watching Sumo on TV, but he couldn't see well in his later years.
Though he only listened to the radio at a loud volume everyday in his bed, he strived to walk and take newspapers from the entrance of his house in the morning.
It was only for the barber's shop that he went out.
His son drove him in his car every month.
I thought he was very happy because he had 8 grand children ,4 great- grand children, and he started off his house.
He was a teacher of mathematics, he liked teaching very much.
I heard from his grand children that he was pleased to teach them .
My father passed away very early , so he took my father's place sometimes.
I found it hard to approach him , but now I appreciated it very much.
This October I saw and talked to him about my grandchild who will born next month.
He was very glad to hear that.
When I left the room I shook hands with him tightly.
It was the last meeting with him.
I hope that he'll rest in peace.
*英語はすでに添削済みです。
今年の10月に88歳で亡くなった叔母の後を追うようにして、先日叔父が92歳で亡くなりました。
晩年は目も見えにくくなり、新聞はもちろん、大好きなテレビの相撲観戦もできなくて、専らラジオを音量を大きくして聞き、でも朝は門まで新聞を取りに行っていたとか。外に出かけるのは床屋くらいで、月に1回くらいは長男の運転する車で行っていました。
8人の孫と4人のひ孫に恵まれて、家族に囲まれて自宅で亡くなった幸せな一生だったと思います。
叔父は根っからの教育者、中学校で数学の教師をし校長にもなりました。教えるのが大好きでした。女性物理学者、米沢富美子さんは叔父の教え子で、自慢でもありました。中学の数学ではもの足らなくなって、高校の数学まで教えてもらったと彼女の「私の履歴書」に叔父のことが書かれていました。
今回叔父の孫たちに会ったので
「おじいさんに教えてもらったことある?」と質問したら
「はい!友達も一緒に教えてもらいました。頼んだら家におじいさんの方が先に来ていました!」
嬉々として孫の世代に教えていた様子が目に浮かぶようです。
母の法事で叔父を私の車に乗せて会場から家まで送るときに、助手席に乗った叔父が道案内をしてくれて、私が口を挟んだら「黙って言うことを聞いたらいい」と言われ、その指示のタイミングと内容が実に的確で感心したことがありました。
私は早くに父を亡くしているので、叔父は父がわり、煙たい存在でもありましたが、今思えば色んな場面で世話になったなあ〜よく面倒を見てもらったなあ〜と感謝の気持ちがこみ上げてきます。
叔母が亡くなって、しばらくしてからの10月末に叔父に会いました。
顔だけでは誰かわからずに声を出せば「わかった、わかった」と言ってくれました。
「丹波の黒枝豆を持ってきたよ」
「豆は食べられへん」
「叔母ちゃん亡くなったけど元気出さなあかんで」
「元気ないわ」
孫が生まれることを話したら、「柔らかい布団に泣かしたらあかんで、固い布団に寝かしや」
まだ生まれてもいないのに教育者なので何か役に立つことを言いたかったのかなと思います。
帰るときに手を握ったら、しっかり握り返してくれてそれが叔父との最後の別れになりました。
「それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、凡そ儚きものは、この世の始中終、幻の如くなる一期なり」
僧侶の読経の最初の言葉でした。
親の世代が亡くなり、今まで守られてきた覆いが外されて、いよいよ年長者の最前線に立たされました。
まだまだ自覚がない身です。最後の瞬間まで良き大人になれないままのような気がします。
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